仕事を辞めずに、東京で日本語を学ぶ
東京で気持ちよく暮らして働くのに、流暢な日本語はいりません。それに、多くのノマドが滞在する数か月で流暢になることも、まずありません。
この差を前にして、始める前にあきらめてしまう人が結構います。だったら、目標をぐっと下げて、そのぶん的をしぼりましょう。
日常の九割は、百語ほどの単語とフレーズでまかなえます。それを覚えて、身のまわりの記号をいくつか読めるようにする。流暢さは、やりたくなったらでかまいません。
このやり方なら、少しの日本語でもすぐに効いてきて、街がぐっと居心地よくなります。
礼儀のため、というのもあります。でもそれだけではありません。
レジ、クリニック、区役所、居酒屋。東京の毎日は小さな言葉のやり取りの連続で、こちらが少しでも歩み寄れると、どれも驚くほどスムーズに進みます。
それに、たどたどしくても「話そうとしている」とわかった瞬間、相手の表情がふっとやわらぎます。伝わるのは、うまさより、その姿勢です。
日本人のように話せなくていいんです。毎週出くわす二十ほどの場面で、困って立ち尽くさなくなれば十分です。
ひと目でわかるまとめ
| ステップ | やること |
|---|---|
| 最初のフレーズ | 「すみません」「ありがとうございます」「お願いします」「大丈夫です」、それに「これありますか」「これはどこですか」 |
| 読む | ひらがなとカタカナを集中して数週間で。その次に暮らしに最低限いる漢字 |
| 毎日の習慣 | 毎日十分、AnkiやWaniKaniで。『GENKI』のような初級の教科書と組み合わせる |
| 人と練習 | 言語交換のミートアップ、地域の日本語教室、日本語学校、時間単位の講師 |
| 心がまえ | 最初は伸びて、平らな時期が長く続き、ある日ふと気づく。流暢でなくても、ひととおりこなせればいい |
文法より先に、決まり文句を覚える
手っ取り早く効くのは、考えなくても口から出る決まり文句です。あいさつ、お礼、おわび、それに実用的なひとことがいくつかあれば、たいていのやり取りはなんとかなります。
特に「すみません」は便利です。言い方しだいで「失礼します」にも「ごめんなさい」にも「ありがとう」にもなるし、知らない人に話しかけるときはほぼこれで始められます。
ここに「ありがとうございます」「お願いします」「大丈夫です」、それから「これありますか」「これはどこですか」を足せば、もう一日をひととおり過ごせます。
その次が数字と数え方です。値段、ホームの番号、量、時間がわかるようになります。
学習者が何年も手こずる助数詞を、全部覚える必要はありません。レジで言われた数字が聞き取れて、できれば読めれば十分です。早口を聞き取るより、読むほうが楽なことも多いです。
ここに文法が入っていないのは、わざとです。動詞の活用や助詞は、あとで確かに役に立ちます。ただ、最初の会話にたどり着くまでの道としては遠回りです。
先にフレーズを覚えて勢いがつくと、そこで初めて文法も「やってみようかな」と思えてくる。そう話すノマドは多いです。
話す前に、読めるようになる
あべこべに聞こえますが、東京で日本語を使うなら、これがかなり効きます。よく見る文字が少し読めるだけで、毎日の小さな「困った」がぐっと減ります。しかも電車の中で、声を出さずに練習できます。
ひらがなとカタカナは、集中すれば数週間で覚えられて、覚えたその日から役に立ちます。特にカタカナは近道です。外来語はカタカナで書かれているからです。
メニューの品名、コーヒー、ホテル、地名の多く。カタカナが読めるようになると、東京の文字のかなりの部分が、ちょっとなまった英語のように読めてきます。
その次は、暮らしに最低限いる漢字です。入口と出口、男と女、開と閉、東西南北、円。あとは駅や食べ物の言葉をいくつか覚えれば、たいていの表示で迷わなくなります。
新聞を読めるようになる必要はありません。トイレの扉の前や閉まっている店の前で、もう固まらなくて済めば、それでかまいません。
仕事のある週でも続く勉強の習慣
リモートワーカーにとって本当にネックなのは、才能より時間と続けることです。
毎日十分きちんとやるほうが、週一回三時間の詰め込みより身につきます。それに十分なら、通話の合間にも入ります。
伸びる人はたいてい、勉強を毎日の習慣にくっつけています。朝の電車で単語カード、コーヒーを淹れながらレッスン、寝る前にちょっと復習、という具合です。
単語と漢字は、Anki(汎用の単語カード)やWaniKani(漢字専用)のような間隔反復アプリにかなり任せられます。もともと、忙しくて途切れがちな毎日を想定して作られたアプリです。
『GENKI』のような初級の教科書と組み合わせれば、ドリルだけでなく全体の流れもつかめて、ほとんど自動で回るようになります。
コツは、毎日のハードルを、サボるほうが面倒に感じるくらいまで下げることです。
東京にいるだけで、勉強の材料はタダで手に入ります。
歩きながら看板を読む。店員さんが英語に切り替えてくれそうでも、あえて日本語で注文する。コンビニは、失敗しても何も困らない毎日の会話練習の場だと考えてみてください。
その気になれば、街全体がゆるやかな日本語漬けの環境になります。
人と練習できる場所
アプリと本だけだと、どこかで伸びが止まります。人と話す機会が必要です。東京には、気軽に参加できる場がたくさんあります。
言語交換のミートアップでは、英語を練習したい地元の人と組んで話します。お互いさまなので、どちらかが先生役になることもありません。
あちこちでよく開かれていて、友だちをつくるきっかけにもなりやすい。正直、言葉の上達よりそっちのほうが大きかったりします。
意外と知られていないのが、地域の日本語教室です。区の国際交流協会などを通じてボランティアが開いていて、無料か低額で通えます。
東京都つながり創生財団の「東京日本語教室サイト」(nihongo.tokyo-tsunagari.or.jp)で探せます。参加できる人の条件は教室ごとに違うので、行く前に確認してください。
体系立てて学びたいなら、日本語学校もたくさんあります。日中の集中プログラムもあれば、週一回の夜のクラスもあります。
ただし長期の全日制コースは、原則として来日前に学校経由で「留学」の在留資格を取ることが前提です。短期滞在やデジタルノマドビザなら、短期コースがあるか聞いてみてください。
時間単位で予約できるプライベートやオンラインの講師なら、移動の多い不規則な予定にも合わせやすく、自分がいつもつまずく場面に絞って教えてもらえます。
滞在が長めなら、パートタイムのコースもおすすめです。通うリズムができて、小さな仲間もできる。このふたつが、思っている以上に支えになります。
どの方法を選んでも、習ったことはその日のうちに使いましょう。レッスンで練習したフレーズを、その晩の食事で実際に口にしてみる。
これだけで、どれだけ復習するよりもしっかり身につきます。
上達はゆっくりで、波があるもの
日本語は、まっすぐ右肩上がりには伸びません。話せることより聞き取れることのほうが先に増えて、しばらく足踏みする時期が来ます。
でもそれは普通のことで、失敗ではありません。続けたノマドの多くが、同じ流れを経験しています。
最初はサバイバルフレーズでどんどん伸びて楽しい。そのあと、何も変わっていないように感じる平らな時期が長く続く。そしてある日、電車で言葉が耳に入ってきたり、メニューの半分を自然に読めていたりすることに、ふと気づくんです。
あの平らな時期にこそ、力がついています。
やめどきのサインではありません。
目標にも、やさしくいきましょう。東京で数か月過ごしても流暢にはなりませんし、ならなくてかまいません。
それでも、ひととおりこなせて、気楽に過ごせて、「話そうとしている」ことがちゃんと相手に伝わるようにはなれます。努力をそっと報いてくれるこの街では、それだけで、得られるもののほとんどはもう手にしています。
よくある質問
ノマドとして東京に暮らすのに、本当に日本語は必要ですか。 いいえ。特に中心部なら、英語と翻訳アプリでやっていけます。
ただ、少し日本語ができるだけで毎日の小さな手間が減り、ほとんどのやり取りがぐっと温かくなります。少しの努力で返ってくるものは大きいです。
最初に何を学べばよいですか。 「すみません」を中心にしたサバイバルフレーズと、ひらがな・カタカナのふたつの表音文字です。
特にカタカナは、もう知っている外来語がそのまま書かれているので、すぐに役立ちます。
成果が見えるまでどのくらいかかりますか。 毎日の習慣にくっつけて十分ずつ、間隔反復アプリを使って続ければ、数週間で手ごたえが出てきます。長くやるより、毎日続けるほうがずっと大事です。