東京の立ち飲み入門:仕事終わりに一番安く「地元の顔」になれる場所
旅行者の気分から常連の感覚まで、いちばん早く、いちばん安くたどり着きたいなら、しゃれたカクテルバーより立ち飲みです。椅子はなく、細いカウンターと壁に書かれた短いメニューがあるだけ。一杯の値段は、カフェラテより安いことも珍しくありません。
立って、飲んで、しゃべっているうちに、東京がただの背景から、自分が暮らしている街に変わっていきます。
ノマドにとって、これは案外大きいんです。東京でリモートワークをしていると、気づかないうちに人と話さない日が続いたりします。
立ち飲みなら、それを手軽に変えられます。予約もドレスコードもいらないし、小さなグラス一杯より先のことは何も求められません。
立ち飲みは、こちらにほとんど何も求めません。そのかわり、一人ではなかなか手に入らないものをくれます。気負いのない、たまたまの会話です。
立ち飲みとは何か
名前のとおりで、立って飲むから立ち飲み。
カウンターの前に立ったまま、たまたま居合わせた人と肩を並べて飲む、小さくて気取らない店のことです。線路のガード下にある店もあれば、間口の狭い一軒もある。酒屋の一角で買ったボトルをその場で飲む「角打ち」もあって、こちらはこちらで味のある文化です。
いちばんの魅力は、やっぱり安さ。回す客席がなく、接客の手間も少ないので、値段が上がりにくい仕組みです。
一杯と小皿で数百円、ということもよくあります。二時間ぶんの席代を払うわけではなく、飲んで食べたぶんだけ払えばいい。
財布に余裕がない日にも、長居する気分じゃない夜にも、ちょうどいい場所です。
店に入ってから出るまでの流れ
だいたいの店に、ゆるい流れがあります。入ったら店の人と目を合わせて、わりとすぐに一杯めを頼みます。
最初の一杯は、生ビール、ハイボール、レモンサワー、日本酒の小さなグラスあたりが多いでしょうか。料理はカウンターに置ける小皿が中心で、がっつり食事をする感じではありません。
串焼き、寒い時期ならおでん、ポテトサラダ、漬物、刺身を少し。そんな具合です。
会計のしかたは店によって違うので、どのタイプかを見ておくと安心です。伝票につけて最後にまとめて払う店もあれば、その都度払う店、入口の券売機で先に食券を買う店もあります。
わからなければ、隣の人のやり方を見るか、素直に「お会計はどうすれば」と聞けば大丈夫。外国人が地元のやり方を知らないのは当たり前で、聞くのはまったく普通のことです。
立ち飲みは回転が速めです。一、二杯で帰る人が多いので、客はどんどん入れ替わるし、だらだら長い夜にもなりません。
満席なら少し待ってカウンターの隙間に入ればいいし、飲み終えたら次の店へ移ってもいい。二、三軒の立ち飲みをはしごするのも、楽しみの半分です。
どこで探すか
店のリストを集めるより、それっぽい通りを嗅ぎ分ける勘のほうが役に立ちます。立ち飲みは、働く人が行き来する場所に集まります。
駅のまわりやガード下、古い市場の路地、戦後から残る細い横丁あたりです。
探しやすいのは、大きな駅のそばの横丁(立ち飲みの街なら新橋と赤羽が有名です)、山手線のガード下、都心の東や西にある古い商店街。半分開いた店先、グラスを持って立つ人たち、外で灯る赤提灯、手書きのメニュー。このあたりが目印です。
ちょっと雑然としていて、なのにどこか温かい。そんな店なら、たいてい当たりです。
コツをひとつ挙げるなら、早めに行くこと。
夕方に開いて六時ごろからにぎわう店が多く、評判のいい小さな店ほどすぐ埋まります。料理がなくなったら閉めてしまう店もあります。
早い時間なら明るいうちに探せるのも助かります。本当に見つけにくい店もあるので。
気楽に過ごすための作法
暗黙のルールはありますが、どれもやさしいものです。メニューを10分も眺めているより、着いたら早めに一杯頼みましょう。
荷物は小さくまとめて手元に。カウンターは狭くて、広げる場所はありません。大人数のための場所取りもしないこと。人が出たり入ったりできるから、立ち飲みは回っています。
小さな店ほど、まだ現金払いが中心なので、少しは持っておきましょう。小銭と少しの札で、数百円から二千円くらいあれば十分楽しめます。
小さな店のなかには、店内でたばこが吸えるところもまだあります。東京都のルールで喫煙できるのは、従業員のいない小規模な既存店などに限られていて、どの店も入口に喫煙できるかどうかの標識を出すことになっています。煙が苦手なら、入る前に見ておきましょう。喫煙できる店には20歳未満は入れません。
日本にチップの習慣はないので、代金より多くカウンターに置いて帰る必要はありません。その都度払う店で皿やかごに置くお金は、チップではなく注文の代金です。
知らない人と話すのは歓迎されますし、むしろそこが醍醐味。ただ、空気は読みましょう。会釈する、相手が飲んでいるものにひとこと触れる、料理についてちょっと聞いてみる。そのくらいで自然に話が始まります。
一人で静かに飲んで帰ろうとしている人がいたら、そっとしておく。にぎやかに話す人と黙って飲む人が、同じカウンターに並んでいられる。そこがこういう店のいいところです。
ノマドに向いている理由
まず安いので、長く滞在しても予算がもちます。
さっと済むので、仕事が終わって寝るまでの短い夜にも収まる。計画もいらないから、ただでさえ段取りの多い毎日でも気が楽です。
それに、知らない人と気軽にしゃべるのが普通になっている場所は、東京では意外と少ないんです。リモートワークでたまりがちな孤独が、少しずつほどけていきます。
なにより、カウンターの高さから街がわかってきます。どの季節に鍋におでんが戻ってくるのか、仕事帰りの客が夜につれてどう入れ替わるのか、どこかで顔なじみになるのがどういう感じなのか。
そうなったころには、東京は「滞在している場所」から「自分の居場所」に変わっています。しかも、たいてい映画一本より安く。
よくある質問
日本語が話せないとだめですか。 話せると助かりますが、なくても大丈夫です。メニューを指さして、数は指で示して、声をかけるときは「すみません」。これでかなり通じます。
旅の人と話すのを楽しみにしている常連も少なくありません。
一杯だけで帰るのは失礼ですか。 まったく問題ありません。一、二杯でさっと帰るのが、立ち飲みの本来の使い方です。飲んだぶんを払って次へ行く。それで普通です。
一人客、とくに女性でも安心して飲めますか。 立ち飲みはだいたい気楽で肩ひじ張らない場所ですし、東京では一人で飲む人もよく見かけます。
どこでもそうですが、居心地がいいと感じる店を選び、荷物に気を配り、その場の空気を見て判断してください。東京でいちばん気軽に出かけられる一人の夜だ、というノマドも多いです。